LGBTの権利を擁護する団体や政治家が、同性婚を認めるべきだと主張しています
しかし、私は同性婚の法制化=合法化には反対です
同性婚を法律で認める事は、日本の社会に大きな影響を与えます
法的に同性婚を認めてしまうと、日本の文化や価値観が否定され、家庭のあり方が破壊されてしまいます
そうなれば日本の文化・価値観を大事にしている人はもちろんですが、LGBTの当事者も生きづらい世の中になってしまいます
そしてさらに、日本の未来、国家として存亡の危機に立たされる事につながります
同性婚の合法化は次のような影響が懸念されます
①思想信条の自由が侵害される
②重婚につながる
③子どもの発達環境が脅かされる
同性婚の合法化によってこうした現象が起き、伝統的な文化や価値観が否定され、家庭のあり方が破壊されれば、国家として衰弱し滅びに向かってしまいます
なぜなら家庭は、社会の基本単位であり、未来の国民を育む場だからです
今回は一つ目「同性婚は思想信条の自由が侵害される」について考えていきたいと思います
この問題は、LGBTでない人だけでなく、LGBTの当事者までも生きづらい世の中にしてしまう問題です
LGBTは心の問題と社会・政治の問題を分けて考えるべき
まず前提として、LGBT(Q+)を考える時、心の問題と社会・政治的な問題は分けて考えるべきです
心の問題は各個人の問題であり、LGBTとひとくくりにしても10人いれば10人違う価値観、背景を持っています。ですからあくまで個人として向き合うべきであり、その問題の解決はケースバイケースに考えるべきです
一方で社会的・政治的な問題は、その影響について、もっと家庭や子ども、未来の事全体を考えるべきです。日本をどんな社会にしたいか、どんな国として子孫に残したいかなど、「国家観」まで考えて議論するべき問題です
LGBTの心の問題
性的指向というものは、心の問題であって、明確なものではないと思います。そもそも「好き」というもの自体が感情的なものであり、何かで目に見えるもの、分別できるものではありません
また心と体の性の不一致が「自己申告」である場合と、「医師の診断」で認められた場合とは、分けて考えるべきです
例えばLGBTでない人が、異性全員に好意を持つわけではありません。「同性が好き」という人も、全ての同性が恋愛対象になるわけではないはずです
結局のところ、心の問題は明確に線引きできるものではなく、個々で対応が必要です。それを政治的な問題として捉えるのは無理があります
ただもし、その心自体を否定したり、それを理由に差別が行われるという事であれば、社会的・政治的な解決を図るべきだと思います
つまり、性別や性的指向、性同一性にかかわらず基本的な人権は保障されるべきという話です
これは国連のLGBTに対する考えと同じです
LGBTの人々を暴力や差別から守るために、あらたに、LGBT固有の権利を創ったり、国際人権基準を確立したりする必要はありません。LGBTの人々の人権を擁護する各国の法的義務は、世界人権宣言とその後に合意された国際人権条約に基づく国際人権法で、しっかりと確立されているからです。性別や性的指向、性同一性にかかわらず、すべての人々は、生存権、身体の安全とプライバシー、拷問や恣意的な逮捕、拘束を受けない権利、表現、結社および平和的集会の自由権に関するものを含め、国際人権法が定める保護を受ける資格があります。
国際連合広報センター「LGBT 性的指向と性同一性を理由とする差別との闘い」よりhttps://www.unic.or.jp/activities/humanrights/discrimination/lgbt
LGBTの社会・政治的問題
LGBTの社会・政治的な問題とは、法律や制度の事で、この問題は社会のあり方、国家のあり方に関わる問題です
上記の通り、LGBTの当事者がその「心を持つ事自体」を否定される社会であれば、社会的・政治的に守る必要があります。では今、日本において、生存権や身体の安全とプライバシーなどが脅かされているでしょうか。あるいは、集会の自由が認められていないのでしょうか
日本は中国や北朝鮮のような共産主義国家、独裁国家ではないので、同性愛を公表したとしても逮捕されたり、罪に問われたりする事はありません
もし同性愛者であることを公表して暴力を受けたとしたら、損害賠償責任が認められ、暴力を振るった人が罪に問われます
これは性的指向に関わらず、全ての人に基本的な人権が保障されているということです
さて、LGBTの権利を主張する人や団体・政党が要求しているのは、上記の基本的な人権ではなく「同性婚」です
先ほどの国連の考えに以下のものが含まれます
性的指向や性同一性に基づく差別を禁じること
LGBTの権利を主張する人は「同性婚(法律婚)ができないのは差別だ」と言います。では、同性婚(法律婚)ができないのは差別なのでしょうか
これが今、議論されるべき社会的・政治的問題だと思います
私は差別ではないと思います。なぜなら、社会・国家のあり方に関わるものであり、合理的な配慮を要する問題だからです
「一部の人のことだから認めてあげてもいいじゃないか」という意見がありますが、もっと深く考える必要があります
当事者の権利だとか、世界の潮流となっているからとか、一部の人の問題だからで片付けるものではないと思います。なぜなら、同性婚を法的に認めるかどうかというのは、日本の文化・価値観、特に「家庭のあり方」に影響するもので、国家の未来に関わる問題だからです
同性婚の合法化に反対の理由
最初に書いた通り、私は同性婚の合法化には反対です
なぜなら、日本の文化・価値観、家庭のあり方が破壊されてしまうと危惧するからです
同性婚の合法化は、人口の数%と言われる「マイノリティ」の範囲にとどまらず、日本全体、日本の未来に大きな影響を与えると思います
その理由の一つが「思想信条の自由の侵害につながる」です
思想信条の自由が侵害される
同性婚が合法化すると、同性愛者、同性婚者を認めることが、強制されるようになります。強制されるというのは、「否定もしないけど肯定もしない」ということが「許されなくなる」ということです
アメリカであったケースです。同性カップルが結婚式をするために花束やケーキを依頼しました。ところが花屋やケーキ屋はその依頼を断りました。すると彼らは「同性愛者を差別した」ということで訴えられ、責任を問われたというものです。
どんな相手に対して仕事をするかは個人の自由のはずです。双方の合意が契約の基本ですから、嫌なら買わない、嫌なら売らないことは当然です。そこに理由は関係ないはずです
仕事を依頼するのは個人の自由ですが、その仕事を引き受けるかも個人の自由のはずです。しかし「同性愛・同性婚に対して仕事を受けなかった」ことが差別となったわけです
また日本においても、LGBTに対する否定的な意見を発した人に対して、人格を否定するような批判の声が上がることがしばしばあります。差別ではない、一つの意見として述べていたとしても、です
もちろん、特定の人物(思想、宗教、人種等)を指して人格を否定するような発言は非難されるべきだと思います。それはLGBTに限りません。ただし、その非難も発言内容に対しての非難にとどめるべきであり、個人に対する尊重は必要です
どんな相手に対して仕事をするか、どんな思想信条を持つかは個人の自由です。それは既にLGBTの人であろうと認められているはずです
ところが同性婚を合法化すると「同性愛者に対して仕事を断る、あるいは(蔑視する発言ではなくても)否定的な意見を発すること自体が差別だ」という事が起きます。これは逆差別です
今現在、社会的に、同性愛者を否定したり禁止したりしているわけではありません。しかし同性婚を合法化すると「同性愛を受け入れないことは差別している」という主張が公然と行われる可能性があります。それは個人の思想信条の自由が侵害されることです
同性婚の合法化の影響はマイノリティにとどまらない
性的マイノリティ(少数派)の権利を認めるだけなら問題はない、と考える人がいると思います。人口の数%が同性婚になったところで、多くの人に影響はないと思うかもしれません
しかし、そうではないと私は思います
全員が生きづらい世の中になる
「同性婚を受容しないのは差別」という思想信条の自由の侵害は、異性婚である事が「喜びだ」「幸せだ」という話がしにくい風潮になります
最近「多様性」といって「生き方や幸せに思う事は人それぞれだ」と言う一方で「おひとり様」や「子持ち様」のような表現が使われるようになりました。この表現は多様性を認めるというよりも自分と違う価値観の人を突き放し、分断するような表現で使われている印象を受けます
その結果「私は結婚して幸せだ」「子どもがいて幸せだ」と表現するのがためらわれる空気があります。「みんなそれぞれの幸せがあり、それぞれの人生を謳歌している」と尊重する空気ではありません
このような空気は「結婚して幸せ」「子どもがいて幸せ」と思う人にとって苦しいだけでなく、「一人でいて幸せ」と思う人にも生きづらい社会ではないでしょうか。お互いに相手の生き方、幸せを尊重できないのですから、自分の生き方、幸せを表にだせなくなるからです
同性婚も同じです。同性婚が合法化されると、「異性婚も同性婚もそれぞれ幸せだ」と尊重する空気になるどころか、誰もそれぞれの生き方を「幸せだ」と言えない風潮がさらに増長されることになります
今の世の中の夫婦が生きづらくなるだけでなく、LGBTの当事者も結局、生きづらい社会になるのではないでしょうか
同性婚の合法化は誰も得しない
誰と一緒に生活するのか、誰と永遠の愛を誓うのか、それは個人の心の問題です。同性であろうと異性であろうと踏み込めません。しかし、同性婚を法律として認めることには反対です
「多様性」と言えばもっともらしく聞こえますが、同性婚を法律で認める事は社会全体に影響を与えるものです。今でも「多様性」という言葉で、伝統的な文化や価値観に対して肯定的な意見、保守的な意見を発する事が「差別・不寛容」だとして捉えられるようになっています
同性婚を法律で認めるようになると、結局少数派に属している人も含めて、生きづらい世の中になっていきます
LGBTに対しては、心の問題と社会的・政治的な問題は切り分けて考えるべきです
心の問題は個人の問題として尊重することが大事ではありますが、だからこそ全ての人がお互いに尊重して生きられる社会にしていく必要があると思います
同性婚の合法化は、全ての人がお互いに尊重するような社会をつくるものではありません。一部の人の権利が保護されるようになるものではなく、むしろ全ての人が生きづらい社会をつくることにつながります
ですから、私は同性婚の合法化には反対です
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