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解散命令が出されてからの心情の変化

み言と生活

2025年3月25日、東京地方裁判所から家庭連合(旧統一教会)に対して解散命令が出されました。衝撃的な内容で、その問題点、影響については既に記事にしました

解散命令請求に至るまでの結論ありきの手続きには呆れていました

今回、司法までその結論ありきの手続きにそのまま乗って法治国家とは思えない」決定を下したことに対して唖然とし、強い憤りを感じました

はじめは強い怒りが湧いてきましたが、静かに祈り、自らを省みる中でその心情に変化がありました
それは、怒りではなく申し訳なさを感じ、そこから感謝の思い、そして希望を持つようになったことです

同じように怒りや悲しみを感じている兄弟姉妹にとって参考になればと思い、心情の変化について述べていきたいと思います

怒り

無茶苦茶な政府、もっと無茶苦茶な裁判所

政府は、国会議員が殺されたのに、その容疑者の望むように法解釈の変更までして解散命令請求に邁進しました

テロをキッカケに、それまで「問題ではない」と言ってきた事を翻して問題にしました
これはテロリズムに屈服したということであり、民主主義を脅かすことを意味します

また「社会的に問題が指摘されている団体とは関係を持たない」と「関係断絶宣言」を行いました
その影響で各地の自治体で関係断絶決議が採られ、家庭連合の信者という理由で議員との接触が困難になり、請願権が著しく侵害されています

ここにおいても政治への参加という民主主義が脅かされています

「民法の不法行為も解散命令の要件になる」という法解釈の変更だけでなく、請求のプロセスを隠す為、原則公開だった宗教法人審議会の内規を変更しました

文科省は短期間で膨大な資料を要求するなど、理不尽な条件で、まるで警察の捜査のように質問権を行使しました
挙句の果てに証拠の捏造まで行って解散命令請求に至りました

政府のしてきた事は無茶苦茶です
法解釈の変更、内規の変更(非公開化)、証拠の捏造。ここまでして解散命令の要件を満たそうと躍起になったのです

政府は民主主義を軽んじています

そしてさらに東京地裁の「解散命令」の決定です
「社会的問題」の背後にある「拉致監禁」にも、解散命令請求の根拠となる「証拠の捏造」にも、「国際的な批判」や「解散後の影響」も裁判所は目をつむりました

「法治国家でありえるのか」
3月25日裁判所を出てきた福本弁護士は取材に対してそう答えました

本当にそう思います。拉致監禁被害者による民事訴訟や捏造された陳述書は、解散命令の要件を根底から問い直すべき事実です
それを解散命令の決定に考慮しないのは裁判所としてあるまじき姿勢です

裁判所は解散命令決定の「裁判の意味」も「信教の自由への影響」も軽んじています

政府も裁判所も、民主主義や信教の自由をあまりにも軽視していると思います

解散命令が出てから怒りを抱える私は、落ち着いて静かに祈りました。その時、文鮮明お父様の詩を思い出しました。その一節にこのようにあります

私を憎む者までも、ひたむきに愛そう

詩「栄光の王冠」『平和を愛する世界人として(増補版)』P.64

家庭連合は今、反対派だけでなく、メディアに、政府国家に憎まれています。しかし彼らを許し、愛する道こそ、信仰者の道であり、天の父母様(神様)と真の父母様の子女としての生き方だと改めて思いました

自省、悔い改め

私の責任

信仰の道を考えた時、今直面している試練に対して、まずの責任として捉えました

地域、社会に認められる個人、家庭、団体になれていなかった
1人の信者として、人々に感銘を与える姿を見せることができなかった

それはつまり、み言(教え)通りの生活ができていなかった。「真の愛」で愛することができなかった自らの不足さです

天の父母様(神様)も真の父母様も素晴らしい方であり、み言も素晴らしいものです。それを私は証明することができませんでした

そうした自分の不足さを、天の父母様と真の父母様の前に申し訳なく悔い改めました

感謝

試練や苦痛が感謝に変わる

自らの責任として受け止め、悔い改めた時、今の試練や苦痛が感謝に変わる瞬間がありました

私は今、国家的迫害、歴史的弾圧の時代に生きている
それはつまり、その苦難を超える機会が与えられたということだ

という思いです

二世として生まれた私は、一世の親達が背負い、乗り越えてきた「迫害」をあまり経験してきませんでした。そのことで「親達の苦労を理解してあげられなくて申し訳ない」という気持ちがあります

だから今のこの時は、親、先輩達一世と共に勝利するチャンスだと思うとむしろ喜ばしいとさえ思うようになりました

また日本は母の国として選ばれました

「母は強し」

どうして母親が強いのか。それは妊娠・出産と、あらゆる犠牲と苦痛を愛で耐え忍ぶからだと思います。痛みを超えた者だからこそ、人の痛みを理解して、かき抱くことができます

母の国に生きる者として、この歴史的な苦難は、世界をかき抱く「母の国」になるための「産みの苦しみ」だと思えました

希望

神様と共にある

私達には天の父母様、真の父母様がついていると信じています
私達が天の父母様、真の父母様と一つになるならば、必ず勝利できると確信しています

キリスト教ローマで国家的迫害を受けましたが、のちに国教になりました。それはイエス様を慕い、神様を愛し、信じて、希望をもって絶望に屈しなかったからだと思います

私達も真の父母様を慕い、天の父母様(神様)を愛し、信じて、希望をもってこの迫害に屈せずに前進していけば、必ずすべてが転換される日が来ると思います

その日が一日でも早く来るように、「真の愛」の実体となれるように歩むのみです!

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